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書くにあたってのレシピというか備忘録的ななんちゃら

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★以下、ホントに個人的なコトしか書いていません。

 何も面白いコト書いてませんし、興味のない方には退屈なだけですし、第一、意味わかりません。

 なのでスルーしてくださいね。

 

年明けから約三か月、詩、と言うと少々憚れるモノを40本ほど書きました。

で、自分の書き癖と限界のようなものが、少し見えたのでメモします。

以前、ロジカルな書き方をしてるんですか?聞かれました。

その時、自分の方法について語れるものがなかったので、

ごにょごにょっ、としかお答え出来なかったコトもあって。

 

どうやら、ロジカルなものは、最初、手を付けるにあたっては、あんまり関与してないカンジです。

なんか、ハンバーグをつくるみたいな書き方をしてるな、って思っています。

自分の中にある表現欲求というのか、欲望というのか。。極めて希薄です。

(なくはないです。なかったらソレはソレでスゴイかも?)

なので材料を用意するトコロから始めます。

ソレも自分の内面とかから調達できないので、写真がネタの基本になっています。

その写真も、自分の撮りたいものを撮ったというよりは、

アレ?こんなん撮れちゃいました〜、的な偶然性の高いものが主になってます。

写真を観ながら、なんとな~く思いついた言葉を書き込みます。(たまにヒトからパクリます笑)

寝起きとか、お酒飲んでるとか、ぼーっ、としてる時が比較的大漁です。

(ぼーっ、としてるのはいつもだろって?。。。はい笑)

大体がリアルタイムのモノではないので素材としては極めて冷えたカンジのモノです。

冷蔵庫から出してきました〜、みたいなカンジです。

ソレを転がしていると少し熱をおびて関連性みたいなモノが出来てきたりします。

少し、添削したり、手を入れます。

丁度、ハンバーグのネタをぐちゃぐちゃこねてると粘りがでてきますね?あんなカンジです。

おお!この言葉を選んだのにはそんな深い理由があったのかっ!と。。。後付けですケド(笑)

精神分析の方の言う、自由連想法に少し似てるかな?と思います。

今時、自由連想法って流行らないんですかね?

というか、そんなたいそうなものか、って?。。確かに!(笑)

でもまぁ、コレでなんとなくのまとまりができるんですよ。

けれどね、作品(?)として出すにはまだ弱いです。

 

ココでロジックの登場です!

コレも自分で調達できていないので、外部からもらってきます。

ロジック、というよりは「物語」ですかね?

 

例えば、以前書いた

●「約束の地へ」

コレはブリューゲルの「バベル」がネタです。

●「一週間の歌」

コレは荘子の「渾沌(こんとん)、七竅(しちきょう)に死す」+

聖書の冒頭部分+ロシア民謡「一週間の歌」(au三太郎のCMでやってるヤツね)を混ぜてます。

それと、背景にクトゥルフ神話ってカンジでしょうか?。。。。読んだコトないんですケドね(笑)

 

ハンバーグで例えれば整形とか焼きとかにあたるカンジです。

なので、今のトコロ、誰かの話を聞いたりするコトとかが、

何か書くにあたっては不可欠のようです。

ソレを骨組みにする、みたいなカンジです。

 

※チョット例外

●「溶ける花」

コレは焼きも整形もあまい半生タイプです。最初の方のに、いくつかあります。

ユッケみたいな?。。。。当たりそう(笑)

●「fish song」

コレは骨組みのほうが先にありました。

 

タイトルは後付けの場合と、最初からある場合と半々くらいです。

最初やってた時は圧倒的にタイトルが先、だったんですケドね。

というか、写真主導だったんだと。

最近は文章の圧力のようなモノが以前よりは少し強くなってきてるようで、

タイトルや写真を覆す、差し替えるコトが間々あります。

 

で、個人的にやってるんでコレで充分、問題ナシ、と言えば言えるんですケド、

この方法だと、もっと膨らませたり、逆に深めたりとかはできなそうなんですよね。。

ほら、ハンバーグってあんまり重ねると、ぐちゃ!って潰れちゃうでしょ?そんなカンジです。

 

詩人 入沢康夫先生の「詩の構造についての覚書」の以下のトコロが輝いてきます!

 

>その「つくりもの性」に居直り「つくりもの性」に徹しようとしないのか。(....)

この「つくりもの」という評語をおそれず、ぼくたちは、その中から、貴重なものだけを救出しなければならないのではあるまいか。そしてそのことは、ぼくたちの詩の構造をより強固なそしてより自由なものに鍛えていくこと、同時に、構造への自覚と反省を積極的に深めていくとこによってのみ可能になるのではないだろうか<

入沢康夫著「詩の構造についても覚書」p33〜34からの引用)

 

ただですね~。。。。。

構造を必死こいて自前で構築しました、骨組みはできました、と。

でも、そこに収まるべき具材、流し込むコンクリートが足らなそうなんですよね~、

私の場合、たぶん。

一言でいえば、才能がないと(笑)

まぁ、凡人は凡人なりにですね、ぼちぼちやってゆこうかな、と。

 

あと、こうして文章にして、自分の書いたものを少し通観してみると、

おぼろげながら「主題」のようなモノがあるようですね。

その視点で観てみると、ありゃま!ソレしか書いてないわ!!とっても、ワンパターンですね。

 

この本質的な貧しさ、そう悪くもないかな?と。

偉人、凡人に限らず、ヒトが一生の内に持てる主題ってわずかなモノなんでは?

な~んて、勝手に思ってマス.。

もちろん、たくさん主題のある方もいらっしゃるでしょうケドね。

あれま、もう前言撤回?(笑)

 

。。。。。で、「ソレ」ってなによ、って?

ソレはまた、次回のお噺、ってコトで。

えっ!知りたくない?まぁまぁ、そういわず(笑)

 

最後にですね、思ったより長くなってしまいましたし、

書いてる本人にしか意味のない駄文を読んでくださった数少ない貴方!

感謝です〜。